第1章 日本のクラウドファンディング市場概観
1.1 市場規模と成長軌道
日本のクラウドファンディング市場は、インターネットを介して不特定多数の支援者から資金を調達する手法として確固たる地位を築き、近年著しい成長を遂げている。2022年には市場規模が約2,000億円に達すると予測され、2025年には約4,320億円規模への拡大が見込まれている 1。この成長は、世界的な潮流とも一致しており、全世界の市場規模は2025年の17.4億ドルから2030年には36億ドルへと倍増すると予測されている 2。
矢野経済研究所の調査によると、2021年度の国内市場規模(新規プロジェクト支援額ベース)は前年度比11.1%減の1,642億2,100万円であった 3。しかし、これは市場の縮小を示すものではなく、2020年度に新型コロナウイルス関連の支援プロジェクトが急増したことに対する一時的な反動と分析されている。実際、金融機関からの借入(2018年時点で49兆7,942億円)といった従来の資金調達手法とは異なり、クラウドファンディングは起案者と支援者の双方から高いニーズがあり、市場の潜在性は依然として高いと評価されている 3。
特に市場を牽引する購入型クラウドファンディングは成熟期に入りつつあり、国内主要8プラットフォームの流通総額(GMV)は2024年実績で432.3億円に達した。この分野ではMakuake、CAMPFIRE、READYFOR、GREEN FUNDINGの大手4社が市場の約9割を占める寡占構造が続いている 2。
1.2 多様な資金調達モデルの類型
日本のクラウドファンディングは、支援者が受け取るリターンの性質によって大きく二つのタイプに分類され、さらに細分化される。各モデルは異なる目的や法的枠組みを持ち、プロジェクトの性質に応じて戦略的に選択される 5。
非投資型
金銭的なリターンを伴わないタイプで、クラウドファンディングの最も一般的な形態である。
- 購入型(Purchase-based): 支援者がプロジェクトに対して資金を提供し、その見返りとして製品やサービス、あるいは特別な体験といった金銭以外のリターンを得るモデルである。これは実質的に新しい製品やサービスの先行販売に近く、消費者にとって新しい買い物体験として定着している 5。個人から法人まで幅広い主体が活用している 6。
- 寄付型(Donation-based): 支援者は金銭的・物質的な見返りを期待せず、プロジェクトの理念や社会的な意義に共感して寄付を行う。主に非営利団体(NPO)や社会貢献活動、災害支援などで活用される。プロジェクトによっては、支援者が寄附金控除を受けられる場合があることも特徴である 5。
投資型
金銭的なリターンを期待して資金を提供するタイプで、金融商品取引法などの規制を受ける。
- 融資型(Lending-based)/ ソーシャルレンディング: 支援者が事業者に対して融資(貸付)を行い、利息という形で金銭的なリターンを得る。2017年から2018年にかけて一部の運営事業者が行政処分を受けた影響で、市場は一時的に低迷したが、依然として重要な資金調達手段の一つである 3。
- 株式型(Equity-based): 支援者が非上場のベンチャー企業などの株式を購入する形で出資する。法改正を経て2017年から本格的に普及し、スタートアップ企業の資金調達手段として注目されている 3。
- 事業投資型(Fund-based): 支援者が特定の事業(ファンド)に出資し、その事業から得られた利益の分配を受ける。株式型とは異なり、企業の所有権には直接関与しない 6。
- 不動産型(Real Estate): 複数の投資家から集めた資金で不動産を取得・運用し、その収益を分配する。法整備を背景に参入企業が増加しており、2022年には市場規模が530億円に達するなど、急速に成長している分野である 3。
これらのモデルを理解することは、プロジェクトの目的達成に向けた第一歩となる。しかし、市場を深く分析すると、単なるモデル分類以上に重要な構造が見えてくる。それは、各プラットフォームが支援者との間に築き上げる「心理的契約」である。例えば、Makuakeが用いる「応援購入」という言葉は、支援者を単なる消費者ではなく、新しい価値をいち早く見出す「目利きのある早期導入者」として位置づける 10。一方で、READYFORの社会貢献プロジェクトは、支援者を社会課題の解決に貢献する「篤志家」として扱う 10。CAMPFIREの幅広いジャンルは、支援者をコミュニティの一員として「共感」を通じて他者を支える存在と見なす 10。
この構造は、プロジェクトの成功が「何を」提供するかだけでなく、「支援者との間にどのような関係性を築くか」に大きく依存することを示唆している。起案者は、自らのプロジェクトが支援者に対して顧客、パトロン、あるいはコミュニティ仲間といった、どの役割を期待しているのかを明確にし、その心理的契約を最も効果的に実現できるプラットフォームを選択する必要がある。このマッチングを誤ることは、プロジェクト失敗の大きな要因となり得る。
第2章 主要クラウドファンディングプラットフォームの戦略分析
日本のクラウドファンディング市場は、それぞれが独自の強みと支援者層を持つ複数の主要プラットフォームによって形成されている。ここでは、国内市場を牽引する3大プラットフォームと、特色ある専門プラットフォームを比較分析する。
2.1 CAMPFIRE:多様性を強みとするコミュニティハブ
CAMPFIREは、利用者数590万人以上 11、あるいは1,200万人以上 10 を誇る国内最大級のプラットフォームであり、その多様性から「万能型」と評される 6。プロジェクトのジャンルは地域活性化、社会貢献、飲食、アートなど多岐にわたり、あらゆるアイデアの受け皿となっている 10。
このプラットフォームの最大の特徴は、「共感」を軸とした支援スタイルにある。支援者の年齢層は10代から70代までと幅広く、職業も会社員、主婦、学生、経営者と様々である 10。彼らはプロジェクトの理念や起案者の想いに共感し、応援の気持ちを込めて支援する傾向が強い。手数料は、プラットフォーム利用料12%と決済手数料5%を合わせた計17%が標準的である 6。また、パルコと共同運営する「BOOSTER」や、社会貢献に特化した「CAMPFIRE for Social Good」といった専門サイトも展開し、多様なニーズに応えている 6。
2.2 Makuake:「応援購入」を掲げるイノベーションの舞台
Makuakeは、サイバーエージェントグループが運営し、「応援購入サイト」という独自のコンセプトを掲げることで、クラウドファンディングとEコマースの境界を曖昧にした革新的なプラットフォームである 7。利用者数は130万人 11 から790万人 10 とされる。
Makuakeの支援者は、「支援」よりも新製品の「早期購入」という意識が強い。中心となる年齢層は20代から40代の、可処分所得が比較的高く、新しいガジェットや革新的な製品に敏感な層である 10。彼らは限定特典や先行入手といった特別感に魅力を感じ、顧客としての期待を持ってプロジェクトに参加する。このため、Makuakeは製品開発、特にデザイン性の高い家電やガジェットの発表の場として最適化されている 10。手数料は20%と他社より高めに設定されているが、これには伊勢丹や蔦屋書店といった小売店との連携を含む、強力なマーケティング支援の価値が反映されている 6。
2.3 READYFOR:社会貢献プロジェクトのパイオニア
2011年に日本で初めてサービスを開始したREADYFORは、社会貢献性の高いプロジェクトに特化したプラットフォームとしての地位を確立している 13。特に医療・福祉、研究、文化財保護、災害支援といった分野で数多くの実績を持つ 7。
支援者層は30代から50代の社会貢献意識が高い人々が中心で、彼らはリターンの物質的な価値よりも、プロジェクトがもたらす社会的な意義を重視する傾向がある 10。一度支援したプロジェクトを継続的に応援するファンが多く、月額支援制度も定着している。手数料はプランによって12%から17%の範囲で変動し、「キュレーター」と呼ばれる専任担当者による手厚いサポートが提供されるのが特徴である 10。
2.4 特化型およびニッチプラットフォーム
大手3社の他にも、特定の分野に強みを持つプラットフォームが市場の多様性を支えている。
- Kibidango: 成功率の高さ(約80%)と10%という比較的低い手数料で知られる 6。
- GREEN FUNDING: 成功率が約69%と最も高く、特にガジェット系プロジェクトに強みを持つ 7。
- MotionGallery: 手数料10%で、映画やアートといったクリエイティブ分野のプロジェクトに特化している 6。
- FUNDINNO: スタートアップ向けの株式投資型クラウドファンディングを専門とする代表的なプラットフォームである 6。
2.5 表1:国内主要クラウドファンディングプラットフォームの比較分析
| 項目 | CAMPFIRE | Makuake | READYFOR |
| プラットフォームタイプ | 総合型・コミュニティハブ | 応援購入サイト・Eコマース型 | 社会貢献特化型 |
| 主要資金調達モデル | 購入型、寄付型 | 購入型 | 購入型、寄付型 |
| 主要ユーザー層と動機 | 幅広い年齢層。「共感」を動機とし、地域密着や社会貢献に関心が高い。 | 20~40代。新しいもの好き、ガジェット好き。早期購入や限定特典が動機。 | 30~50代。社会貢献意識が高い。プロジェクトの社会的意義を重視。 |
| ユーザー基盤 | 590万~1,200万人以上 | 130万~790万人 | 150万人以上 |
| 標準手数料(目安) | 17%(利用料12% + 決済手数料5%) | 20%(決済手数料含む) | 12%~17%(プランによる) |
| 得意なプロジェクトジャンル | 地域活性化、社会貢献、飲食、アート、エンタメなど多岐にわたる。 | 新製品開発、ガジェット、ファッション、食品など革新的なプロダクト。 | 医療・福祉、研究、教育、文化財保護、災害支援など公益性の高いもの。 |
出典: 6
この比較表は、各プラットフォームが異なる戦略的ポジショニングを取っていることを明確に示している。起案者は、手数料の多寡だけでなく、自らのプロジェクトの性質と、各プラットフォームが育んできた支援者コミュニティの特性との適合性を慎重に評価することが、成功への鍵となる。
第3章 ランドマーク事例:文化・科学遺産を支える国民的支援の動員
クラウドファンディングは、時に単なる資金調達の枠を超え、国民的な関心事を反映する社会現象となる。ここでは、日本の文化・科学遺産の保護を目的とし、記録的な支援を集めた象徴的なプロジェクトを分析する。
3.1 国立科学博物館:「地球の宝」を守るための国民的キャンペーン
国立科学博物館は、資金難を背景に500万点に及ぶ貴重な収蔵品の維持・管理費用を募るため、READYFORでクラウドファンディングを実施した 15。このプロジェクトは社会現象となり、目標額1億円に対し、最終的に56,584人の支援者から9億1,600万円を超える支援金を集めた 15。これは、日本のクラウドファンディング史上、支援者数・支援総額ともに過去最高記録を更新する歴史的な成功であった 17。
この圧倒的な成功は、このキャンペーンが単なる寄付募集ではなかったことを物語っている。国立科学博物館という国民的財産が危機に瀕しているというニュースは、多くの人々に文化継承への危機感を抱かせた。クラウドファンディングは、その不安や「守りたい」という想いを具体的な行動に移すための受け皿として機能したのである。これは、市民が自らの意思で文化政策に参加する直接的な手段となり、クラウドファンディングが国民感情のバロメーターとして機能し得ることを証明した。キャンペーン終了後、博物館はREADYFORと正式に提携し、継続的な寄付を募るマンスリーサポーター制度を開始した。これは、一度きりの支援で終わらせず、新たに生まれた支援者との関係を恒久的なものへと発展させる戦略的な動きである 19。
3.2 法隆寺:1400年の歴史を未来へ繋ぐ祈り
世界遺産である法隆寺は、新型コロナウイルスの影響で参拝者が激減し、伽藍の維持管理が困難になったことから、READYFORで支援を募った 21。目標額2,000万円で開始されたプロジェクトは、7,456人の支援者から1億5,700万円を集め、目標を大幅に上回って終了した 15。これは、寺社仏閣カテゴリーのプロジェクトとしては国内史上最高額であった 24。
成功の背景には、リターンの巧みな設計がある。限定の御朱印や散華(さんげ)、特別な拝観機会など、金銭的価値だけでは測れない文化的・精神的な価値を持つリターンが支援者の心を捉えた 22。支援者は単に寄付をするのではなく、法隆寺の歴史と文化の一部に触れ、その継承に参加するという体験を得ることができた。これもまた、国民が共有する文化遺産に対する保護意識が、クラウドファンディングという形で顕在化した事例と言える。
3.3 新将棋会館建設:伝統の未来をファンと共に築く
日本将棋連盟は、創立100周年を記念した東京・大阪の新会館建設費用を賄うため、READYFORで複数回にわたる大規模なクラウドファンディングを展開した 15。このプロジェクトは、一度のキャンペーンで完結させるのではなく、数年間にわたる複数の「期」に分けて実施された。例えば、第一期で1億4,500万円、第五期で3億円、最終期で2億7,700万円以上を集めるなど、継続的に巨額の支援を確保することに成功した 15。
この成功は、長期的な大規模プロジェクトにおけるクラウドファンディングの新しいモデルを提示している。一度に巨額の目標を掲げるのではなく、プロジェクトを物語の「章」のように分割することで、支援者に進捗を共有し、達成感を分かち合う機会を創出した。各期が成功するたびに信頼が醸成され、次の期への支援意欲を高めるという好循環が生まれた。これにより、支援者は一回限りの寄付者から、プロジェクトの全行程を見守り、支え続ける長期的なステークホルダーへと変容した。リターンにはポケモンとのコラボグッズやトップ棋士の署名入り駒など、ファン心理を巧みに捉えたものが用意され、コミュニティの結束をさらに強固なものにした 25。この「サーガ(大河物語)型」キャンペーンモデルは、大規模プロジェクトにおける持続的なコミュニティ投資の優れた戦略である。
第4章 先駆的事例:プロダクトイノベーションとニッチ市場の制覇
クラウドファンディングは、革新的な新製品の市場投入や、熱狂的なファンを持つニッチな製品の復活において、極めて強力なツールとなる。ここでは、その代表的な事例を検証する。
4.1 ViXion01:未来を映すオートフォーカスアイウェア
ViXion株式会社がMakuakeで発表したオートフォーカスアイウェア「ViXion01」は、見る距離に応じて自動でピントを調整する画期的な製品である 16。このプロジェクトは、老眼などピント調節に課題を抱える層の潜在的な需要を掘り起こし、5,703人の支援者から4億2,500万円以上という驚異的な資金調達を達成した 16。
この成功は、プロダクトとプラットフォームの特性が完璧に合致した「プロダクト・プラットフォーム・フィット」の典型例である。ViXion01の持つ革新性、テクノロジー主導のソリューションという性質は、Makuakeの主要ユーザー層である「新しいもの好き」でテクノロジーに精通した早期導入者たちの関心を強く惹きつけた 10。リターンは製品そのものを割引価格で提供するというシンプルなものであったが 29、それがMakuakeの「応援購入」というコンセプト、すなわち「支援」と「購入」を一体化したユーザー体験と完全に一致していた。
4.2 X68000 Z:伝説のモンスターマシンの復活
株式会社瑞起がプラットフォームKibidangoで実施した「X68000 Z」プロジェクトは、1980年代に一世を風靡したシャープの伝説的パーソナルコンピュータ「X68000」を現代の技術で小型復刻するというものであった 16。このプロジェクトは、特定の世代のコンピュータ愛好家のノスタルジアを強烈に刺激し、目標額3,300万円に対して3億5,400万円以上を集める大成功を収めた 16。
この成功は、情熱的なニッチコミュニティが持つ経済的なパワーを証明した。リターンは単なる製品ではなく、支援者にとっての「歴史の一部」であり、本体フルキットだけでなく、キーボードやマウスを個別に支援できる選択肢も用意された 30。これにより、多様な関与の仕方を許容し、コミュニティ内の幅広い層からの支援を可能にした。キャンペーンは、共通の記憶を持つ人々の間に強い連帯感と「伝説を復活させる」という共同の使命感を生み出したのである。
4.3 Sonic Soak:成功と教訓の物語
米国発の携帯型超音波洗浄機「Sonic Soak」は、海外での成功を引っ提げてMakuakeに登場した 32。どこでも手軽にあらゆるものを洗浄できるという斬新なコンセプトが受け入れられ、6,561人の支援者から1億1,700万円以上を集める大きな成功を収めた 32。
成功の主な要因は、製品の新規性と、40%~60%OFFという大幅な割引価格をリターンとして設定した魅力的な価格戦略にあった 32。しかし、このプロジェクトは後に、配送の大幅な遅延や製品の品質問題(外装破損、虫の混入など)で批判に晒された 34。この事例は、クラウドファンディングの成功が資金調達額だけで測られるものではなく、最終的な製品の提供と支援者の満足度、すなわち「約束の履行」にかかっているという重要な教訓を示している。キャンペーンの成功は、あくまでスタートラインに過ぎないのである。
第5章 クリエイターエコノミー事例:ファンダム、エンゲージメント、そしてファンへの直接的資金調達
クラウドファンディングは、クリエイターがファンとの関係を深化させ、中間業者を介さずに直接的な支援を得るための不可欠なツールとなっている。ここでは、ファンを巻き込み、熱狂的なコミュニティを形成した事例を分析する。
5.1 バーチャルシンガー花譜(KAF):ライブ体験の「共創」
バーチャルシンガー花譜の運営チームは、技術的に複雑で高コストな初のワンマンライブ「不可解」の実現を目指し、CAMPFIREでクラウドファンディングを実施した 35。このプロジェクトは「みんなで作る!」と銘打たれ、ファンを単なる観客ではなく、ライブを共に創り上げる「共犯者」として位置づけた 36。
このアプローチは絶大な支持を集め、目標額500万円に対して4,000万円以上を調達 36。さらに、2度目のライブに向けたキャンペーンでは8,200万円以上を集めることに成功した 37。成功の鍵は、バーチャルライブ特有の制作コストの高さを透明性をもって伝え、支援の必要性を明確にした点にある。さらに、支援額に応じてライブの無料生配信を行うといったストレッチゴールを設定することで、ファンコミュニティ全体の利益に繋がる目標を掲げ、さらなる支援を促した 36。
5.2 『彼女、お借りします』広告キャンペーン:フィクションから現実へ
人気漫画『彼女、お借りします』の作者である宮島礼吏氏は、作品の連載5周年とアニメ2期放送を記念し、渋谷駅に大規模な広告を掲出するための費用をCAMPFIREで個人的に募った 35。このプロジェクトが特異だったのは、作中で主人公たちが映画制作のためにクラウドファンディングに挑戦するというストーリーラインを、作者自身が現実世界で追体験するという構造を持っていた点である。
この「メタナラティブ(物語の中の物語)」が、プロジェクトの強力な推進力となった。ファンは単に広告費を支援していたのではない。彼らは物語の展開に積極的に参加し、作者と共に作中の世界の一部を現実のものとする体験を共有していたのである。目標額600万円に対し、倍以上となる1,200万円超の支援が集まった 38。リターンとして広告に支援者の名前が「スペシャルサンクス」として掲載される権利などが用意され、ファンが物語の登場人物の一人であるかのような感覚を一層強めた 38。この事例は、確立された世界観を持つクリエイターが、キャンペーン自体を物語の延長として設計することで、いかにファンのエンゲージメントを飛躍的に高められるかを示している。それは、単なる金融取引を、深く没入できる参加型のファン体験へと昇華させる戦略である。
第6章 草の根事例:地域ビジネスとコミュニティの活性化
クラウドファンディングは、地域経済を支え、コミュニティの結束力を高めるための強力な手段としても機能する。ここでは、地域に根差したプロジェクトが大きな成功を収めた事例を分析する。
6.1 京都橘高校吹奏楽部:世界的なファンダムが支えた夢
「オレンジの悪魔」の愛称で国際的にも知られる京都橘高校吹奏楽部は、2025年に米国で開催されるローズパレードへの出場権を獲得したものの、高騰する渡航費が大きな壁となっていた 39。この課題を克服するため、READYFORで遠征費用を募るキャンペーンを開始した。
このプロジェクトは、国内外の広範なファンベースに支えられ、当初の目標額3,000万円をわずか36時間で達成 39。最終的には2,930人の支援者から1億1,300万円以上を集める驚異的な成功を収めた 15。成功の要因は、バンドが長年にわたる活動で築き上げてきた強力なブランドとファンダムにある。さらに、3,000万円、5,000万円、1億円と段階的に目標を設定する戦略が、キャンペーン期間中、継続的な盛り上がりと達成感を生み出し、支援の勢いを維持した 39。リターンには限定ピンバッジや帰国報告演奏会への招待などが含まれ、支援者との絆をさらに深めるものとなった 40。
6.2 HUG COFFEE:コミュニティの力で危機を乗り越える
静岡市を拠点とする地域密着型のコーヒー店「HUG COFFEE」は、新型コロナウイルスのパンデミックによる売上急減に直面し、事業存続の危機に瀕した 32。この状況を打開するため、CAMPFIREで運転資金の支援を募った。
プロジェクトは開始後わずか1日で目標の300万円を達成し、最終的に950人の支援者から650万円以上を集めた 32。この迅速な成功は、HUG COFFEEが創業以来、単なるコーヒー店ではなく、人々が集う「サードプレイス」として地域コミュニティに深く根付いていたことの証左である。キャンペーンは、既存のコミュニティが長年育んできた「社会的資本」を、危機に際して「経済的資本」へと転換するプロセスであった。リターンにはお得なドリンク前売り券やコーヒー豆などが設定され、常連客が店を直接的に支えることができる仕組みとなっていた 43。
6.3 「みらい飯」プログラム:飲食店への組織的な支援網
「みらい飯」は、コロナ禍で苦しむ地域の飲食店を支援するために、READYFORと各地の商工会議所が連携して開発した画期的なプログラムである 21。個々の飲食店がプロジェクトを立ち上げるのではなく、地域の商工会議所が実行者となり、集まった支援金を参加店舗に分配する仕組みを取った 44。
このモデルは、クラウドファンディングに不慣れな小規模事業者の参加障壁を劇的に下げた。鳥取県や堺市など多くの地域で導入され、鳥取の事例では2億4,700万円もの支援を集めるなど、大きな成果を上げた 15。支援者は、特定の店で使えるプレミアム付きの食事券を購入する形で支援を行い、飲食店に即時のキャッシュフローを提供しつつ、自身は将来的な利益を得ることができた 45。
この「みらい飯」の事例は、クラウドファンディングの進化形を示している。それは、単一のプロジェクトを支援するツールから、地域全体の経済的回復力を高めるための「体系化された草の根支援」モデルへの進化である。商工会議所のような地域の中心的な組織がプラットフォームの技術と自らのネットワークを組み合わせることで、迅速かつ大規模な支援を可能にする。この枠組みは、将来の危機対応や地域創生において、地方自治体や各種団体が活用できる強力なテンプレートとなるだろう。
第7章 戦略的統合:日本のクラウドファンディング成功を駆動する要因
本レポートで分析した多様な事例から、日本におけるクラウドファンディング成功の鍵となる普遍的な戦略的要因を抽出することができる。これらは、単なる戦術を超え、プロジェクトの根幹をなす思想的枠組みである。
7.1 プラットフォームが持つ「心理的契約」との整合性
成功の第一歩は、プロジェクトの物語を、選択するプラットフォームが支援者との間に築いてきた「心理的契約」と一致させることである。新製品の革新性を訴求するならMakuakeの「早期導入者」コミュニティへ、社会課題の解決を掲げるならREADYFORの「篤志家」コミュニティへ、そして人々の共感を呼び起こしたいならCAMPFIREの多様な「コミュニティ」へと、それぞれの文脈に合わせたアプローチが不可欠である。
7.2 「共通のアイデンティティ」を核とする物語の力
最も大きな成功を収めたプロジェクトは、製品や理念の提供に留まらず、支援者のアイデンティティを肯定し、強化する物語を提示していた。国立科学博物館の支援者は、単に寄付をする「篤志家」であるだけでなく、国民的財産を守る「市民」としての役割を果たした。X68000 Zの支援者は、失われた青春時代の記憶を共有する「同世代のファン」としての連帯感を確認した。京都橘高校吹奏楽部の支援者は、若者の夢を応援する「サポーター」としての誇りを感じた。成功するプロジェクトは、支援者に「我々は何者であるか」を再認識させる力を持つ。
7.3 関係構築としてのリターン設計
優れたリターンは、単なる取引の対価ではない。それは、支援者との長期的な関係を築くためのコミュニケーションツールである。法隆寺の御朱印のような文化的な価値を持つリターン、広告に名前を刻むといった参加型の体験、そして限定グッズやイベントへの招待といった排他性は、支援者に「特別な存在」であるという感覚を与え、一回限りの支援者を熱心なファンへと変える力を持つ。
7.4 長期キャンペーン:プロジェクトからコミュニティへ
先進的なクラウドファンディング戦略は、キャンペーンを資金調達のゴールではなく、コミュニティ構築のスタートと見なす。日本将棋連盟が展開した複数期にわたる「サーガ型」キャンペーンや、国立科学博物館が導入した月額支援制度は、その好例である。これらのアプローチは、プロジェクト終了後も支援者との関係を維持・発展させ、持続可能な支援基盤を築くことを目的としている。
7.5 日本におけるクラウドファンディングの未来
クラウドファンディングは、もはやニッチな資金調達手段ではない。それは、市場の需要を検証するマーケティングツールであり、社会的な支持を可視化するアドボカシー(政策提言)プラットフォームであり、強固なコミュニティを形成するエンゲージメントの場であり、そして地域社会の危機に対応するための体系的なインフラストラクチャーへと進化を遂げている。今後、この多面的な機能はさらに洗練され、日本の社会経済においてますます重要な役割を担っていくであろう。

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